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サバイバル

羅針盤の決算は、8月である。
一年分の領収証をひっくり返し,足りないもの、だぶっているものなど、もう一度見直さなくてはならない。これで徹夜になることが多くて、目の周りが腫れてきた。
会計事務所には、女性が4人勤めているので、いつもちょっと豪華なケーキを手みやげに持って行くことにしている。
華やかな晴れの場のギャラリーには、いつも溢れるほどのお菓子があるが、会計事務所は、なんとなく殺風景なので、豪華なお菓子だけでも、大変喜んでくれるような気がする。
今は明るい三人娘の展覧会。
若くて、きれいで、才能にあふれていて、なぜかそれだけでこの世の中の悩みなど吹き飛んでしまうんじゃないかと勘違いしそうだ。
しかし、現実は,今日父が心臓の手術をしたという暗いニュースだ。
今は落ちついているらしいが、死なないんじゃないかと思うくらい丈夫な人だったので、ちょっとびっくりしている。
弟の子供によると、『海に行くじいちゃんはめったにおらん』らしい。
75過ぎた今でも海に泳ぎに行く、船で釣りに行く、畑は耕すなどのサバイバルおやじなのである。
今はサバイバルじいちゃんとして、孫に人気なのだ。
山に行く時は、路なき路を行く。草をかき分けながら,突き進み、出口ならぬところから脱出をはかるという術を小さい時に身につけさせられた。
一番、嫌だったのは、流れの早い川に行き、魚のいる場所を泳いで見つけさせられることだった。
私の見つけた魚の群れに父は、投げ編みを投げ込み、あゆなどの高級魚を一網打尽なのである。
それまでは,海の漁師に「闇雲に投げちゃあかんなあ」と笑われていたのであるから、この方法は間違いがなく、確実に魚を射止める方法なのである。しかし、友達にこの姿を見られたくないなあといつも思っていた。
そんなわけで、父は私に「お前をどこでも生きて行けるように育てたぞ」と自慢げにいうが、なぜか東京の銀座というど真ん中で暮らしているので、このサバイバル経験は何の役にも立っていない。東京のサバイバルはやや様子が違うのである。
この野性味溢れる父と芸術や文学をこよなく愛する心優しい母のもとで育った私であるが、しぶとさや
タフさや根性は、幼き頃の父のおかげで身に付いたものだろう。


 


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